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神戸地方裁判所 平成9年(ワ)1901号 判決 1999年3月08日

原告

田中盛治

被告

大瀬良正雄

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告に対して、九〇八万四八六三円及びこれに対する平成七年一一月一一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の、その余を被告らの、各負担とする。

四  この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告求めた裁判

被告らは、各自、原告に対して、金五〇〇〇万円及びこれに対する平成七年一一月一一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  原告は、後記の交通事故(以下「本件事故」という。)により負傷し損害を被ったとして、相手方車両の運転者とその雇い主に対して、損害賠償(内金)を求める。

二  交通事故の発生(当事者間に争いがない。)

1  発生日時 平成七年一一月一一日午後〇時四五分ころ

2  発生場所 神戸市北区山田町下谷上字小橋八番の六地先の三叉路交差点

3  原告車両 原動機付自転車(神戸兵一二・九九六)

4  右運転者 原告

5  被告車両 普通乗用自動車(神戸五五を五五六五)

6  右運転者 被告大瀬良

7  争いのない範囲の事故態様

信号機により交通整理の行われている右交差点を右折しようとした被告車両と、対向直進しようとした原告車両が交差点内で衝突した。

三  責任原因(当事者間に争いがない。)

被告大瀬良は、前方不注視の過失があるので民法七〇九条により、また被告明交タクシー株式会社(以下「被告会社」という。)は、その被傭者たる被告大瀬良が業務遂行中に本件事故を起したものであるから、民法七一五条、自動車損害賠償保障法三条により、それぞれ損害賠償責任がある。

四  争点

1  過失相殺の当否、程度

(一) 被告らの主張

被告車両は、対面信号に従い交差点に進入して一旦停止し、対向直進車両の通過を待っていたところ、対向車が停止して被告車両を通過させようとしたため、被告車両は時速一〇キロメートル程度で右折を開始したところ、原告が右折車の存在に気づかずに漫然と進行してきたため本件事故が発生した。五〇パーセント程度の過失相殺をすべきである。

(二) 原告の主張

直進車が停止したのは渋滞のためであって、被告車両を通過させようとしたためではない。むしろ、被告大瀬良は、対向車の左側車線を直進してくる車両の存在することを容易に予想でき、しかも対向車はダンプカーでその左側は死角になって見通しが悪いのに、一旦停止せずに漫然と右折したのであるから、その過失は極めて重大であって、原告には過失はない。

2  原告の後遺障害の程度

(一) 原告の主張

原告には、頸髄損傷による四肢不全麻痺、両手両足の痺れ・疼痛、排尿障害等の後遺障害が残存し、少なくとも後遺障害等級二級三号(神経系統の機能の著しい障害のため日常動作に大きな障害があり、随時介護がなければ日常生活が困難な状態)に該当する。

杖等を利用して歩行することはできず、車椅子による移動しかできない。立位の応用動作はほとんど不可能である。指先の筋力低下、巧緻運動制限のため介助を要する動作が多い。食事もスプーン、フォークでの食事しかできず、箸の使用、茶碗を持って食事することができない。更衣は時間がかかり、仕上がりもおかしいし、衣類によっては自分で着脱することができず介助が必要である。清拭は介助を要し、入浴には常に介助を必要とする。

頸髄が完全にまたはこれに近い程度に損傷された場合には腸管機能障害や尿路機能障害を伴う。原告は頸髄損傷のために神経因性膀胱となり、排尿障害になっている。導尿による排尿を行っている。排便のために浣腸を多用している。便通の異常のために下着を汚す。

全く労務に服することはできない。身体障害等級では平成八年一〇月五日、両上下肢機能の著しい障害で一級の認定を受けている。

(二) 被告らの主張

頸髄損傷があったとは言えるが、症状は、痺れが主体で、四肢不全麻痺、巧緻運動障害の程度であって、生命の維持に必要な身の回りの処理動作は可能であり、労働能力の残存がある。日常生活所見では、食事、衣服の着脱、洗面等、自立可能とされ、介護を要する状態とは言いがたく、自賠責五級二号に該当する程度である。

3  損害

(一) 原告の主張

後記の判断中の、各項目毎に示す。

(二) 被告らの主張

原告は六五歳ころまでトラック運転手として稼働していたが、腰を傷めて退職し就業していなかった。退職理由にはC型肝炎に罹患していた事実もある。本件事故がなかったとしても就業の可能性は低く、逸失利益は認められない。

症状固定時期は平成八年一月ころである。その当時の原告は排泄面で浣腸が必要であるものの、ADL(日常生活動作)はほぼ自立していた。原告はその後も入院を続けているが、若干のリハビリと投薬を受けている程度である。治療を終了して帰宅しようにも身寄りがなく、特別養護老人ホームの入所の順番待ちのため、その代替施設として入院しているにすぎない。将来の付添い看護費や入院雑費は相当因果関係がない。

第三判断

一  過失相殺の当否、程度

1  証拠(甲一、二の1、2、3、4、一八、検甲一、原告本人、被告本人)によると、次の事実が認められる。

(一) 本件事故現場は、南東から北西に走る(以下の記述では便宜上この道路の向きを南北とする。)直線道路から東に直角に道路が分かれる三叉路交差点である。信号機により交通整理が行われている。東行き道路は、神戸市市街地中心部に出る新神戸トンネルへの導入路である。南北道路は中央分離帯を含めて車道部分だけで二〇メートルあり、北行き車線も南行き車線も二車線である。本件交差点近くでは北行きは三車線になって、そのうち二車線が右折車線であり、南行きは左折車線が増えて三車線となっていて、交差点ではゆったりしたカーブの右折、左折車線が設けである。

本件交差点を南へ直進した第二、第三車線は、五〇メートルほど先の皆森交差点で通称有馬街道に突き当たり、左右に分かれる。

(二) 被告車両はタクシーで、乗客を乗せて神戸市内に向かうべく、本件交差点を右折しようとして、第二車線(右折車線のうち外側の車線)で、対向直進車の通過を待って一旦停止した。対向する南行き車線が渋滞していて、南行き第三車線(最も中央寄り車線)を進行する車両(被告大瀬の警察官に対する供述調書では普通乗用車となっているが、トラックであった。)が停止したので、その前を横切って右折しようとしたとき、南行き第二車線の延長上ほぼ中央の地点で、被告車両の左側前ドアに原告車両の前輪・前カゴが衝突し、被告が被告車両とともに路面に転倒した。

(三) 南行き第三車線は、前方の皆森交差点で右折して神戸市方面に向かう車両が多く、同交差点からずっと渋滞していた。同第二車線は皆森交差点で左折して三田市方向に向かう車両のための車線であって、空いていた。原告は、事故のしばらく前に入居した自宅に帰るために皆森交差点で左折する予定で、南行き第二車線を時速三〇キロメートルをやや越える程度の速度で走行して本件交差点を直進しようとして、第三車線に停止した車両のかげから出てきた被告車両を認めて急停止したが、間に合わず、転倒したものであった。

原告はかつてトラック運転手として稼働していたことがあり、付近の道路状況は知悉していた。また南行き第三車線が渋滞している関係で、交差点に入らずにトラックが停止していることは分かっていた。

2  右事実からすると、被告大瀬良に、右折に当たり、対向直進車に対する注意を怠った過失があることは明らかである。

3  とはいえ、事故現場が交差点であること、そして北進して本件交差点で右折して東行き道路に入る車両の多いことは明らかであり、原告においても、第三車線が渋滞していて、交差点手前で停止している車両が存在することを認めていたのであるから、右側停止車両の陰から右折する車両が出てくることを容易に予測できたと言うことができ、予め適宜減速して、対向右折車の進出に対応できるように注意しつつ進行すべき義務があったというべきであるのに、漫然と制限速度をやや越える速度で進行していたのであるから、過失があることは明らかである。先に交差点に入っていた被告車両の左側面に衝突していることを考慮すると、三〇パーセントの過失相殺をするのが相当である。

二  原告の治療経過と後遺障害

証拠(甲三の1ないし3、六ないし一二、一五の1ないし4、一六、一七、一八、原告本人)によると、次の事実が認められる。

1  原告は、本件事故後、体の表面にはとくに手当てを受けるべき外傷はなかったが、全身の疼痛を訴え、四肢の不全麻痺(左右上肢を動かすことができず、右下肢も動かせない。)が生じた。事故直後、救急車で搬送された松森病院では、レントゲン写真、CT上も異常はなかったが、本人の住居の都合等もあり、済生会兵庫県病院に入院となった。MRI上も外傷性の変化は認められないが、転倒した衝撃で頸髄損傷が生じたものと診断された。坐位バランス不良で、両手指が全く動かなかった。筋力回復を中心とした保存的療法が始められた。一一月二一日には椅子での坐位保持が可能となり左第二、三指の伸展ができるようになり、一二月四日には右手指にも動きが見られるようになった。一月二二日から歩行訓練器でトレーニングを始めた。

翌平成八年二月一五日、県立リハビリテーション中央病院を受診したが、予後の生活の見通しを立てることが必要であると診断されたに止まった。

2  排尿困難があるため、同月一七日済生会病院泌尿器科で、前立腺切除術を受けた。前立腺は肥大しているというほどではなかったが、腫脹ができるかぎり切除された。その後もリハビリを続けていたが、さほど変化もなく、車椅子に慣れるための訓練を続ける程度で、自立レベルには至らなかった。指先の筋力低下、巧緻運動制限のため介助を要する動作が多い。同病院を退院するころの日常生活動作(ADL)能力は次のとおりであった。起き上がりは自分でできるが、立ち上がり動作は歩行器を使用して五〇センチメートル程度の高さが限界である。ベッドから歩行器、歩行器から車椅子へは自力で移動できるが、車椅子から歩行器(坐位から立位)へは介助が必要という状態である。病棟内では短距離であれば歩行器による歩行は可能である。平地であっても杖等を利用して歩行することはできず、車椅子による移動しかできない。食事のセッティングは必要であるが、口にすることは自力でできる。スプーン、フォークしか使用できず、箸の使用、茶碗を持って食事することができない。更衣は時間がかかり、衣類によっては着脱に介助が必要である。排尿は尿器を用いて自力でできる。排泄は介助が必要。シャワーは一部介助を必要とし、入浴には常に介助を必要とする。

また頸髄損傷のため神経因性膀胱となり、排尿障害になっているほか、排便も不規則で、そのために浣腸を多用して、便通の異常のために下着を汚すことも多い。

3  同年五月一五日、有馬温泉病院に転じ、同病院でも同様のリハビリが続けられたが、四肢の感覚鈍麻、痙性麻痺は続き、状況は殆ど変化がないままであった。同年一一月一九日、同病院の上野医師は、同年一月ころには症状固定していたものとして、後遺障害診断を行い、頸髄損傷のため、両手指、趾のしびれ、疼痛、四肢の不全麻痺、排尿障害が残存しているものとした。

これより先同年八月、同医師は、改善は見込めないとして、身体障害診断書を発行し、原告は同年一〇月五日、神戸市から身体障害者等級表一級に該当するとして、身体障害者手帳の発行を受けた。

同年一一月二〇日、原告は北都病院に転院して現在に至っているが、症状に変化はほとんどない。

4  原告(事故時六八歳)は六三歳ころ、それまで勤務していたトラック運転手を辞め、以来無職であった。時折、浄化槽の清掃をするアルバイトを月に二度程度していたほかは、年金(厚生年金)で生活していた。身寄りがなく、震災後仮設住宅で過ごしたあと、市営住宅四階に入居して間もなくの事故であった。同住宅にはエレベーターはなく、退院しても同住宅で生活することはできない。

特別養護老人ホームの入所申込みをしており、その当選待ちの状態にある。各病院では、筋力の低下を防ぐためのリハビリをしている程度である。病院では院内での歩行は可能である。一週に一度ほど釣り仲間に面会に来て貰っている。外出には同人に頼って、車椅子を使って行う(法廷出頭も同様であった。)。

5  右からすると、原告には、頸髄損傷による四肢不全麻痺、両手両足の痺れ・疼痛、排尿障害等の後遺障害が残存し、自賠法後遺障害等級二級三号(神経系統の機能の著しい障害のため日常動作に大きな障害があり、随時介護がなければ日常生活が困難な状態)に該当すると言うことができ、全く労務に服することはできないものと解される。

三  損害

1  治療費(請求額五六九万五一二一円―症状固定した平成八年一一月一九日まで入院した済生会兵庫県病院及び有馬温泉病院の治療費)

右請求額は、平成八年五月一五日までの済生会病院の治療費のうち、被告に請求された分合計一九五万五九一〇円(その余は社会保険に合計三一三万六一九〇円請求された。)と、有馬病院における一一月一九日までの治療費や本人負担の雑費等を含む三七二万八九一一円の合計と解される。

けれども、有馬病院においては、治療費のうち三三九万一〇四〇円は社会保険に請求しており、これが原告の負担となった支出とは言えない。原告の支出分は三三万七八七一円であるが、そのうち七万九三二一円はオムツ代、洗濯代、電気代など、入院雑費と目すべきものである。そうすると、済生会病院における治療費として被告に請求された合計一九五万五九一〇円と有馬病院における本人負担分二五万八五五〇円の合計二二一万四四六〇円が、本項目に計上されるべき損害である。

2  付添い看護費(請求額二六二万二〇〇〇円)

右は、右の済生会病院、有馬病院における入院日数三七七日につき、一日六〇〇〇円の割合で請求するものであるが、右入院中に、原告の身寄りが付添いしたとの証拠はない。ただ、被告が付添い婦代一七六万〇九二一円を支払ったとの主張については原告において明らかに争わないから、右支払があった限度で付添い婦を要する損害があったと認め、かつ、その限度で弁済を認める。

3  症状固定後の治療費(請求額 北都病院での平成九年七月末日までの治療費 四〇万三五七〇円)

右は被告から受領済であることを原告が自認している。なお、後記のとおり、症状固定後の治療費ではあるが、身寄りのない原告が帰宅できずに、特別養護老人ホームに入所するまでの代替措置として入院を続けているものであって、本件事故と因果関係のある損害と言える。

4  今後の治療費(請求額 五八九万二六〇〇円)

右請求は、平均余命一三年間について、一か月五万円程度の治療費を要するとして、その総額から新ホフマン方式で中間利息を控除した金額(係数九・八二一)を請求するものである。

原告は、余生を特別養護老人ホームで生涯を過ごすことになると思われ、厳密な意味での治療費を要するとは解されない。ただ、右ホームには一定の費用を要するものと思われ、これは本件事故と相当因果関係のある損害と言い得る。この費用がどの程度要するものか、本人負担がどの程度であるかは、拠るべき証拠もないが、原告の請求にかかる治療費に類する費用のほか、後記の介護料や入院雑費を含むものとして、考慮し認容するのが相当である。北都病院での治療費の自己負担額の実績は一日二〇三五円の割合であること(甲一三、一四、一九の1ないし26、二一の1ないし17)や、入院雑費が通常一三〇〇円程度と目されることを総合すると、自己負担すべき費用は一日三五〇〇円程度と認めるのが相当である。年額で一二七万七五〇〇円となり、平均余命からして、中間利息を控除すると一二五四万六三二七円となる。

5  将来の付添い看護費(請求額 二一五〇万七九九〇円)

それが一定程度必要であることは明らかであるが、基本的には原告は特別養護老人ホーム等で過ごすことになり、前項の費用中に考慮しており、他に負担を求められることはないと解される。

6  過去の入院雑費(請求額 四九万〇一〇〇円)

済生会病院と有馬温泉病院の入院期間三七七日分の雑費であり、一日一三〇〇円の割合による。全額認容できる。

7  将来の入院雑費(請求額 四六六万〇〇六四円)

前記4項に考慮済である。

8  休業損害(請求額 三七三万九四二六円)

原告は、腰痛のため退職して、年金で生活していたものであるから、本件傷害による入院のために休業して生じた損害は認められない。ただ、時折浄化槽の清掃業務をするなどして、若干の小遣い稼ぎはしていたものと認められるから、そうした収入の逸失による損害は、後記の慰謝料の中で考慮することとする。

9  後遺障害による逸失利益(請求額 一八五八万七一三三円)

前項と同様に、肯定できない。資料のない収入については、前項同様、後記の慰謝料の中で考慮する。

10  傷害慰謝料(請求額 三五〇万円)と後遺障害慰謝料(請求額 二五〇〇万円)

原告は、本件事故により、移動は車椅子に頼らねばならなくなり、居宅内の行動も大幅に制限されて、半ば介護を要する状況に陥り、身寄りのない身として、事実上、特別養護老人ホームに入所しなければならない状況となり、これに入所するまでの代替機関としての病院に入院している状況であるから、たとえ無職の老人であって、身寄りがないとはいえ、老後の楽しみ(釣り仲間がいたことが認められる。)を奪われたことによる精神的損害は、決して小さくない。その他、前記したところで触れた事情等、本件における一切の事情を考慮すると、本件事故による慰謝料は、総額で二三〇〇万円を相当とする。

11  過失相殺

以上の損害の合計は四〇四一万五三七八円となるところ、前記したところに従い、三割の過失相殺をすると、二八二九万〇七六四円となる。

12  そして、原告が既に二〇〇〇万五九〇一円の損害填補を受けたことは当事者間に争いがないから、これを控除すると、残額は八二八万四八六三円となる。

13  弁護士費用

原告が本訴の提起遂行を原告訴訟代理人に委任したことは当裁判所に顕著であるところ、以上の認容額その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、八〇万円をもって相当とする。

三  よって、原告の本訴請求は、総額九〇八万四八六三円とこれに対する本件事故の日以降支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で相当として認容し、その余は失当として棄却することとして、民事訴訟法六一条、六四条、二五九条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 下司正明)

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